本記事では漢方ついて、北里大学東洋医学総合研究所の花輪壽彦名誉所長、名誉教授のアドバイスを元に詳しく解説していきます。
万人に合う訳ではありませんのでしっかりと診察することが大切です。
世田谷リウマチ膠原病クリニック新宿本院(旧:新宿南リウマチ膠原病クリニック)では保険診療で花輪先生の診察を受けることができます。
漢方を上手に活用しよう②
女性と漢方
最近ではとくに女性の美容にも効果があるとして、漢方に関する書籍がたくさん出版されています。確かに漢方は美容にも効果があります。
血行を良くするとかシミを薄くするなど現代医薬品にはないような、体の状態に対する効果が漢方にはあるのです。それが商業主義と結びついて、「肌がきれいになる」とか、「やせる」といったイメージが出来上がりました。健康であることが最も美しさを引き立たせるという考え方からすれば、便通が良くなることでやせる効果も当然出てくるでしょう。
しかしながら、美容に良い漢方処方というものはありません。健康になった結果として「肌がきれいになった」などという効果がおまけとしてついてくるというぐらいに考えておいてください。
妊婦が漢方薬をのむ場合の注意点
妊婦は漢方薬をのまないに越したことはないのですが、一般的に妊婦が漢方薬をのんでも何らかの問題が起こる危険性は現実的にはないと言われています。
すでに妊娠中に服用すべきでない漢方薬のリストはわかっていますので、妊娠の予定がある、あるいはすでに妊娠している場合は、医師に必ず相談するようにしてください。
妊娠中、とくに妊娠12週に入るぐらいまでは、流産や奇形などの可能性もありますが、それ以降であれば胎児に影響はなく、逆に出産や妊娠時のトラブル(むくみや便秘など)に良いとされる漢方薬があるくらいです。
授乳中でも漢方薬の成分が母乳を通じて赤ちゃんに蓄積しますので、やはり注意が必要ですが、妊娠中と同様、赤ちゃんに影響がない漢方薬もありますから、服用に関しては主治医に相談するのが安心です。
老化と漢方
中高年になってくると老化が目に見えて現れてきます。老化は、漢方では「腎虚」あるいは「脾虚」といった「五臓」の機能低下として捉えられます。
骨がもろくなってくる、歯が弱ってくる、目が白内障気味だとか、動脈硬化も起こってくる、といった全身の老化はみんな「腎虚」に関係します。これらの場合、西洋医学の病院では骨密度を測ったりしますが、どうも原因がよく分からないし、しかも複数の科にまたがっているために薬もたくさん出てしまいがちです。そういうとき、漢方ならば腎を強くするという一言で表すことができ、八味地黄丸の一処方ですみます。
中高年に有効な漢方の役割は二つあります。一つはメタボリックシンドロームのように、消化吸収はいいのに代謝が悪いために内臓肥満になったとき、体内脂肪の燃焼を促進して不要な老廃物を体外に排出するような働きです。
もう一つは腎虚に代表される物忘れ、白内障、難聴、虫歯、唾液が出にくくなる、空咳が出る、胃液の分泌が悪くなる、便秘や下痢など胃腸の機能低下、骨粗鬆症、生殖器関係の機能低下、足腰の弱り、筋肉量が落ちてくる、免疫が弱くなるといったことをすべてを、先天的なエネルギー不足として説明できることです。「弱った機能を賦活する」を表現することもできますが、これこそが漢方の素晴らしさだと思います。これは西洋医学にはない特徴です。
後述しますが、中高年は「腎」、子どもは「脾」、働き盛りの若手の人は「肝」に関係します。五系統に分けて、どういうところに過剰や不足があるかを見極めて、それを修正するような処方を出すことによって、中庸の状態(健康)を生み出すというのが、漢方の考え方なのです。
ともかく、中高年の方にこそ積極的に漢方をおすすめしたいと思います。
五臓について
漢方医学ではとくにその診断基準を五臓においています。つまり、五臓の働きが低下することによって、「気・血・水」の流れが乱れ、病気が起こると考えているのです。
五臓とは、昔から言われている「五臓六腑」の五臓で、「肝」「心」「肺」「脾」「腎」を言います。五臓はそれぞれ独立した働きをもっていて、お互いに密接な関係があり、影響しあって体内のバランスを取っていると考えられています。また、五臓は身体機能と同時にメンタルな面も含まれることが特徴です。
肝
肝とは単に西洋医学と同様の肝臓の機能を指すだけでなく、もっと広い意味をもっています。血液をたくわえ、体内の血液量を調節して全身に栄養を供給する働きがあります。精神活動を安定化させ、「気」と「血」の流れを促進する働きももっています。また、他の臓器機能の調節役ももっているとされます。
肝の機能が低下すると、神経過敏、イライラ、肩凝り、めまい、頭痛、貧血、黄疸などの症状が現れます。
心
血液を循環する働きをもつ心臓の機能や高次の脳機能などを指します。漢方医学では「心は神(精神)を司る」と言われ、意識的活動を安定化させ、熱の生産を盛んにさせる(体温を調節する)働きをもっています。覚醒・睡眠レベルを調節し、意識レベルを保たせるとされています。
心の機能が低下すると、焦燥感、興奮、集中力の低下、不眠、動悸、息切れ、発作性の顔面紅潮などの症状が現れます。
碑
脾とは消化器官の胃腸と脾臓を指すだけでなく、免疫機能や水分代謝、意欲などを指します。また後天的なエネルギー源をつくり出す機能も指します。胃腸は、漢方医学では飲食物の消化・吸収後、「気」や「血」、「津液」(体液の総称)をつくり、脾はそれを全身に送る働きをもつと考えます。血の流通をなめらかにし、体内の余分な水分も汗や尿にし、体外にスムーズに排泄する働きがあります。脾の機能が低下すると、食欲不振、消化不良、悪心、嘔吐、胃もたれ、腹部膨満感、腹痛、下痢、抑うつなどの症状が現れます。
肺
肺とは体内外の空気の交換を行う肺の機能を指すだけでなく、水分代謝や皮膚の機能などを指します。漢方医学では、正しい呼吸をすることで自然界の精気を吸い、体内の濁気を吐くと捉え、全身の「気」を調整する働きをもつとされます。また、皮膚の機能を制御し、その防衛力を維持するとされています。
肺の機能が低下すると、喘鳴、鼻汁、呼吸困難、息切れ、胸のふさがった感じ、発汗異常、かゆみ、憂い、悲しみといった症状が現れます。
腎
腎は体内の余分な水分を尿として排泄する機能をもつ腎臓の機能を指すだけでなく、生命力とか先天的なエネルギー源を指します。漢方医学では、体内の水分代謝を調節し、貯蓄と排泄の調整を行うと考えています。また、「腎」には、成長、発育、生殖機能を持つ「精」としての働きもあると考えます。やがて年を経るにしたがって「腎」の精気が衰え、それに従って性機能と生殖能力が減退すると考えられています。さらに、呼吸を調節し、思考力・判断力・集中力を維持するとされています。
腎の機能が低下すると性欲低下、不妊、腰痛、歯牙脱落、夜間尿、息切れ、健忘、気力の衰退、白内障、耳鳴りといった老化に伴う種々の症状が現れます。
現在の漢方医学の役割
日本は19世紀から西洋の技術を取り入れて飛躍的に近代国家として成長しましたが、医療の世界も同じで、日本の医療は西洋医学を学ぶことで大きく発展してきました。第二次世界大戦後には抗生物質も普及して、結核や梅毒、ペストなどの伝染病が激減しましたし、他にもさまざまなワクチンや新薬が開発され、多くの命が救われました。
しかしその一方で、糖尿病や高脂血症など生活習慣病と言われる慢性病が増加してきました。さらに、社会生活におけるストレスの増大に伴い、心身症、ストレス病を抱える人が急速に増加しました。また、さまざまなアレルギー症状を訴える人が増えているのも事実です。
にもかかわらず、これらの「生活習慣病・ストレス病・アレルギー症」は、西洋医学の治療では十分に改善が見られないことが多くあります。効果的な治療法・治療薬がないケースや、薬を服用しても副作用に悩まされたり、薬をやめるとすぐに再発するようなケースが目立つようになってきたのです。
そのため日本では30年ほど前から西洋医学の現場でも漢方が積極的に用いられるようになってきました。欧米でも漢方への注目度が年々増してきており、エイズやアルツハイマー病などの難治病に応用するようになってきました。まさに漢方は「古くて新しい」治療法と言うことができるでしょう。
こうした難治病や「生活習慣病・ストレス病・アレルギー症」などの現代病は今後も増加することが考えられますから、漢方が果たす役割は一層高まると思われます。西洋医学で改善できない症状は漢方で補い、漢方で改善できない症状は西洋医学で補うといった、相互補完関係となることで、患者さんのQOL(Quality of life:生命の質)を高めることができるのです。
漢方は古くて新しい医学
漢方薬は古くからあるというだけで信用されているわけではなく、今はむしろ新しい薬として受け入れられています。現在の医学生は西洋薬と同じように漢方薬を捉えていますから全然抵抗がないのですが、そうした教育を受けていない年配の医師になると、学生時代に習った範囲だけで「医学」が構築されてしまう人も多いので、習っていないものが出てくると、何かいかがわしい、あやしいもののように考えてしまうこともあるようです。
医学というものはいまだによくわからないことが多いのです。昔は、潰瘍は酸の多さが原因とされていましたが、現在ではそうでないことがわかったように、学説も新しい事実とともにクルクル変わるものなのです。後から出た学説が正しいと教わると、そういうものかと思って納得するのが医師なのです。
患者さんもいまだに誤解されている方がいます。漢方薬を処方した私に「お医者さんからもらった薬と一緒にのんでいいのですか?」と言った方がいました。「私も医者なんですけどね」と内心思うのですが……。
そうした傾向があるのは、日本が明治以降、医学だけでなく、思想までも西洋のものを取り入れたからです。サイエンスを土台にしてものを考えるようになりましたから、医学でもまず病理があって診断学があり、治療学があり、というふうに、ロジックで構築されています。しかし、漢方は経験的なことが多いので、サイエンスを土台にしてきた明治以降の日本では受け入れられにくかったというわけです。
たとえば、「葛根湯」が効くことはわかっていても、なぜ効くかということの科学的な説明が難しかったのです。葛根湯は7つの生薬からできていますが、7つの生薬の成分が相互作用を働かせて、どうも体に良い効果を与えているようなのです。その7つの生薬の必然性がどこにあるのかと問われ、「古代の偉い先生がつくったから」というだけでは、なかなか現代では受け入れられにくいのも当然といえば当然かもしれません。
しかし、最近、アスピリンのような風邪薬よりも葛根湯のほうが治癒に合理的に作用することがわかってきました。葛根湯はインターフェロンやインターロイキンといったサイトカイン(免疫細胞から産生されるタンパク質)の作用によって、肺では細胞性免疫を高めて肺炎を軽症化し、全身的には頭痛、肩凝り、関節の痛みなどを軽減するように働きます。一方、アスピリンはプロスタグランディンという発熱物質の産生部位だけを抑制し、無理やり解熱させますが、肺炎には効かないということが科学的に解明されるようになってきました。
一方で、西洋医学にもまた「オーダーメード医療」の発想が見られるようになってきました。つまり、西洋医学も漢方医学もゴールは同じなのですが、アプローチの仕方が違うということです。漢方の評価が高まっているのは、結果が同じであればやり方が違っていてもいいじゃないかということを、かなりの人が認めるようになってきたからなのです。
よく漢方の世界では「漢方は未科学である」という言い方をします。今の科学で証明できないからといって「非科学」的なものとして扱うのではなく、未だ証明できない「未科学」であるということです。
実際に東洋医学のもう一つの柱である鍼灸の治療では、経路に鍼を打つことで脳に刺激を与えますが、これがなぜいいのかということの科学的なメカニズムが証明されていないために、その効果を疑う人も大勢いました。しかし、今では電気生理学的に解明されつつあり、経路に鍼を打つことが全身にどのような影響があるのか、いろいろな研究論文が出るようになってきています。
「漢方医」の復活
そうした状況も手伝ってか、明治時代になってから存在しなくなっていた「漢方医」が、復活を遂げたのです。2005年から「漢方専門医」という、学会が認定した資格を標榜して良いことになりました。
しかし、「漢方科」「東洋医学」などという表示は、院内では掲示できるのですが、対外的に内科や外科のように漢方科の看板を掲げることはできません。それをできるようにしたいのですが、もう少し時間がかかるようです。まだ厚生労働省の許可が得られていない状況なのです。また、漢方は医学生の必修科目にはなりはしましたが、医師国家試験にはまだ漢方の問題が一問も出ていないのが現状です。日本東洋医学会では、医師国家試験に漢方の問題を出してもらうようにということと、「漢方科」の看板を掲げられるようにということの二つを厚生労働省に要望しています。こうした面でもきちんと医療の一翼として認められることが必要だと考えられているのです。
「漢方専門医」になるには非常にハードルが高いといった問題もあります。内科、外科といった18の基本領域で3年程度かけて認定医の資格を取ることが前提で、なおかつ日本東洋医学会が認定した施設での3年間の専門トレーニングを受けると、漢方の専門医の受験資格が得られます。所定の試験を受け、そこで合格して初めて漢方の専門医になれるのです。
通常、医師になるには6年間の大学での学部教育のあと、2年間のスーパーローテーションという各科の基本的な臨床研修を行って医師としての基本的なスキルを身につけます。ということは、漢方医になるためには大学を卒業してから基本領域の認定医の資格を取るのに3年(臨床研修2年を含む)、漢方の研修指導指定施設での研修を3年、つまり最低でも6年はかかります。
こうした制度も今後、徐々に整備され、内科や外科などと同様に漢方科が普通の診療科として認められて存在するようになることが期待されています。