本記事では漢方ついて、北里大学東洋医学総合研究所の花輪壽彦名誉所長、名誉教授のアドバイスを元に詳しく解説していきます。
万人に合う訳ではありませんのでしっかりと診察することが大切です。
世田谷リウマチ膠原病クリニック新宿本院(旧:新宿南リウマチ膠原病クリニック)では保険診療で花輪先生の診察を受けることができます。
「漢方」とは?②
漢方の基本的な考え方ー陰陽五行説
漢方では体質を変えることで、病気の元となる原因を取り除こうとします。体質というのは親から受け継いだものであるから生涯変わらないと考えている人が多いと思いますが、漢方では症状治療と体質治療に分け、まず症状を抑えるような処方を行ったのちに体質治療を行うというような形で健康を得ようとします。
漢方では「未病」や「病気」がどうして起こるのかについては、「体内のバランスが崩れる」からと考えます。これは古代中国から独自の世界観・宇宙観としてある「陰陽五行説」という考え方によっています。宇宙は「陰陽」と「五行」の働きによって決まるという考え方です。
陰陽とは、たとえば、「日と月」「天と地」「水と火」「男と女」などのように、二つの対立関係に単純化してものごとを捉える概念です。古代の中国人は「万物は相反する二つの要素をもっており、それらがさまざまに作用しあって自然や宇宙が営まれている」と考えたのです。
また、自然界の現象はすべて「木・火・土・金・水」という五つの基本要素の運動、変化によって説明できるとしました。ちなみに五行学説の“行”とは運動、変化という意味になります。
五行はそれぞれ次のような要素を持っています。
体におけるこれらの要素は影響しあっています。それを示したのが下の図です。
古代中国では陰陽と五行というふたつの概念が合わさって「陰陽五行説」が成立し、政治、道徳、天文などその他すべての物事の基礎理論に応用されるようになりました。「陰陽五行説」はさらに拡大されて医学の分野にも採用され、人体内部の臓腑の相互関係の理論に応用され、病理、診断、予防、治療など、中国医学の理論的基礎をつくったというわけです。
陰陽を人間の体にあてはめてると、次の表のようになります。これらの要素は互いに密接に影響しあって生成・変化していくという性質があるため、その働きで自然界の営みがなされると考えられたのです。
また、五行学説では、五つの要素が互いに関係しあいながら、全体として絶妙なバランスを保つ方法を考え出しているということが重要だとされています。
私たちは無意識のうちにすべての内臓を巧妙に働かせながら生きていますが、それと同じように意識して手足を動かすことで自分の目的を達成しようとしながら日々の生活を送っています。そうした複雑な生命のシステムを、五行学説を用いて分類したのが次の表です。
五臓、五腑、五体、五官、五華は身体的構造とその活動を示しており、五神、五志、五声、五労は精神的活動を示しています。たとえば、肝、胆、筋、眼、爪、呼、步は木の性質をもつ身体的構造を示し、魂、怒は木の性質をもつ精神的構造を示しているというわけです。心身一如のゆえんです。
漢方医学ではこうした陰陽五行説を基本に、次項で述べる「証」を決定し、治療を行っていくことになります。
「証」とは何か?
では、「証」とはいったい何でしょうか。「証」とは一言で言えば、漢方医学における個別医療の指針となる概念です。
漢方では診察を行った後で、必ずその患者の「証」というものを決定し、それに基づいて漢方薬を処方します。「証」とは、心を含めた全身の状態や体質を漢方独自の方法で評価した診断であり同時に治療の指示のことです。いわゆる「体質」とか、そのときの「症状」やコンディションを全体的に診断して決定する、いわば「タイプ」のようなものです。
つまり、漢方の考え方に基づいて経験的に「このような体質で、このコンディションの人ならこの漢方薬が最適である」と予見して漢方薬を処方するのです。
西洋医学では病名を重視しますが、漢方医学では病名よりも「証」を重要視します。なぜなら患者さん一人ひとりに個性があり、症状もまた個性が出るものだからです。そのため、漢方処方が患者さん個人の個性に合致してこそ効果が出るのです。
前述した四診を行った上で、物差しとなる「証」に当てはめて診断します。その「証」には「陰陽」「虚実」「寒熱」「表裏」「五臓」「補瀉」などといった概念があります。これに加えて、「気」「血」「水」といった概念を組み合わせて「証」を決めていくというわけです。
陰陽
「証」のうち最もよく使われるのが「陰・陽」という指標です。簡単に言うと、「暑がり、顔が赤い、脈が速い」など活動的で熱性のものを「陽証」、逆に「寒がり、顔色が青白い、手足が冷える」など非活動的で寒性のものを「陰証」と判断します。
陰陽の概念は病気の進行程度(病期)と体力の関係も表します。病気によって新陳代謝が高まっている状態が「陽」で、病期が進んで体力が落ちた状態を「陰」とします。「陽」の状態が良く、「陰」の状態が悪いというわけではありません。陰陽そのものは優劣を示す概念ではないからです。どちらか一方に傾くのではなく、変化しつつバランスの取れた状態が良いとされます。
虚実
「虚・実」の場合は、体力の有無、抵抗力の強弱を示す概念です。「脈が強い、胃腸が強い」など闘病反応が強いものを「実証」とし、逆に「脈が弱い、胃腸が強い」など闘病反応が弱いものを「虚証」とします。
外見的にも判断できます。筋肉質で骨格も良く、血色も良い。食欲があり体力がある。声も大きく、明瞭に話し、声の調子も勢いがある。胃腸が強いのが「実」です。逆に、血色が悪く、やせていて、肌も荒れているか乾いているなどしてつやがない。声も不明瞭で小さい。胃腸が弱く、疲れやすいのが「虚」ということになります。「陰陽」と同じく、「実」だからといって健康というわけでもなく、高血圧や痛風などになりやすい場合もあります。どちらにも偏らずバランスが取れている中庸が理想とされています。
日本漢方では、「虚証」と「実証」の間に「中間証」という考えもあります。
気・血・水
「気」とは気功の気であり、元気、生気、血気などのように、目に見えない生命のエネルギーのことを指します。気は目に見えず、経絡(五臓六腑間や体のツボとツボの間を結ぶ気の通り道)に沿って体中をめぐっているとされています。気は「気血水」の三つの中で最も重要な要素で、気のめぐりが悪化すると心身のバランスを崩して調子が悪くなります。気のめぐりが滞ることを「気滞」、気が減少することを「気虚」と表現することがあります。
「血」とは「気」によってめぐらされている赤色の液体のこと、つまり血液の機能に近いものです。人間の体は、外的環境が変化してもそれに対応して体内で一定の状態を維持する機能がありますが、その機能を担っているのが「血」なのです。漢方では血の異常を表す言葉として、「血実」「血虚」「瘀血」があります。
「水」は潤いや栄養を与える無職の体液のことで、体内にある「血」以外の体液すべてを指します。具体的には、体液や分泌液、尿などです。水の分布異常を表す言葉として「水毒」があります。
このような要素から体の状態を判断することを「気血水論」と言います。「気血水」にはそれぞれを改善させる生薬があります。「気」を改善させる生薬は「気剤」(桂枝、厚朴など)、「血」を改善する生薬は「駆瘀血剤」(桃仁、当帰、芍薬など)、「水」を改善させる生薬は「利水剤」(半夏、茯苓、猪苓など)です。
上の図のようにこれらを組み合わせたものが漢方処方として用いられます。ひとつの生薬にはさまざまな成分が含まれており、複数の生薬を組み合わせることによって、複数の成分が相互作用しています。
その他の証
「証」には他にも「寒熱」「表裏」「補瀉」などさまざまなものがあり、これらを、病態をはかる物差しとして用い、診断に役立てています。
「寒熱」とは、冷感、熱感のことで、文字通り、寒く感じるか熱く感じるかということです。のぼせが、「熱証」で、冷えが「寒証」ですが、「陽証」の人は「熱証」に、「陰証」の人は「寒証」となる傾向があります。実際に女性は冷え症を訴える人が多いように寒証の人が多く見られます。一方、熱証の人は、すぐに汗ばむ、平熱が高め、夏場は一晩中冷房をかけないと眠れないという人に多く見られます。
「表裏」とは、体の外側を「表」、内側を「裏」、その中間を「半表半裏」と三層からなるとし、そのどこに病気があるかを捉える概念です。病気は「表」から「裏」に進むと考えられ、「表」は皮膚、筋肉、神経、関節、頭部を指し、「裏」は胃や腸などの消化管を指します。そして、表と裏の間にあるのが、気管、肺、肝臓、心臓、脾臓、腎臓など消化管以外の内臓で、これを「半表半裏」と言います。漢方薬の処方としては、たとえば「表」には葛根湯、「裏」には人参湯や四逆湯、「半表半裏」には小柴胡湯が用いられます。
「補瀉」の「補」とは「陰証」で「虚証」を示すような体質の人に行われます。体が冷える人には温めたり、虚弱体質の人には栄養を補ったりする療法を示します。反対に、余分なものを取り除くことを「瀉」と言い、「陽証」で「実証」を示す代謝が過剰気味の人に行われる療法を示すものです。これらの「証」の概念もどちらかに偏ることがないようにすることが大切です。
漢方では時々刻々変化する病態を重視するので、「証」も変化すると考えます。そして、まず陰陽論、虚実論、気血水論などの物差しによって、その患者さんがその時点で位置するカテゴリーを決定します。これらのカテゴリーの中で、さらに最も適切と考えられる「証」を定めて漢方薬の処方を絞り込んでいくのです。
前述したように、陰陽や虚実はどちらかに偏っているのではなく、中間でバランスが取れているのが最も良いとされています。
患者がそれぞれどちらに傾いているかを判断し、中庸に導いていくように漢方薬を処方していくのが漢方の考え方なのです。