本記事では漢方ついて、北里大学東洋医学総合研究所の花輪壽彦名誉所長、名誉教授のアドバイス・実話を元に詳しく解説していきます。
万人に合う訳ではありませんのでしっかりと診察することが大切です。
世田谷リウマチ膠原病クリニック新宿本院(旧:新宿南リウマチ膠原病クリニック)では保険診療で花輪先生の診察を受けることができます。
漢方との出合い
漢方は「未病」をケアする
会社の健康診断の検査結果を医師から伝えられる際、「お酒は飲みすぎないでください」とか「揚げ物、塩分を控えてください」などと注意され、「そんなこと言ったってなあ……」とやるせない気持ちになったことはありませんか?
こういうとき、漢方が役に立つことはあまり知られていません。
それは漢方には「未病を治す」という考え方があるからなのです。「未だ病まざる」状態であっても体の状態を改善するという意味です。病気を治すのはもちろん、体を健康な状態にすることができるのが漢方です。そのため、ちょっと困っている程度の体の不調から、重症の病気までカバーします。漢方の守備範囲はとても広く、西洋医学(現代医学)にはない持ち味がたくさんあります。
西洋医学では、検査で病気とされる結果(数値)になってはじめて、投薬など具体的な治療が行われるのですが、ボーダーライン上の結果が出た場合は「しばらく様子を見てみましょう」、極端な場合は「もっと数値が悪くなったら治療しましょう」、あるいは「気のせいですね」と言われ、治療を期待したのにとがっかりされた経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。西洋医学では「病気かそうでないか」のグレーゾーンに対する手段がないのです。
しかし、漢方は西洋医学と違ってグレーゾーンもケアします。西洋医学では病気と認定されないグレーゾーンでも健康な状態にさせるような処方をするのが漢方の特徴なのです。
それはお肌のトラブルであったり、風邪をひきやすい体質であったり、疲れやすいとか気分の落ち込みだったり。西洋薬を出すほどではない症状、生活習慣病や最近よく耳にするメタボリックシンドローム(内臓脂肪の蓄積により、糖代謝異常、高脂血症などさまざまな病気が引き起こされる状態のこと)などもそうです。
こうした症状のときの“ファースト・チョイス”は、むしろ漢方薬が適しています。兆候が見えてきたとき、たとえば会社の健康診断などで尿酸値が正常の範囲の上限であるとか、ほんのちょっとだけ脂肪肝があるというときもそうです。
「お酒は飲みすぎないでください」とか「塩分を控えめにしてください」と医師に言われたときに、積極的に健康体に戻すことができるのが漢方なのです。もちろん、性別・年齢を問わず広く漢方を使ってほしいのですが、特に中高年の方々には注目してほしいところです。
漢方で驚くべき効果が!
私がこれまで20年以上北里研究所で診療に当たってきたなかで、思い出に残る患者さんが何人かいます。
ネフローゼ症候群のAさん(23歳)は1日の尿に含まれるタンパク質の量が70gを超えるほどでした。初めはステロイドホルモンを併用しましたが、八味丸をベースにした煎じ薬が劇的に効いたために中止、今では漢方薬の服用もやめ、全くの健康体に戻っていきました。
また、重症のアトピー性皮膚炎を患っていたBさん(30歳)は来院されたときは顔がひどくただれている状態でしたが、十全大補湯の煎じ薬の服用を1週間程度続けたところ、ほぼ正常の頬の赤みに戻っていきました。重症気管支喘息(重積発作のくりかえし)のCさん(44歳)も、茯苓杏仁甘草湯などの煎じ薬により、全く発作の起こらない体に戻りました。
一般にステロイドの適応となるような難治性の疾患が、漢方を併用することで劇的に効いた例を何度も私は見ています。また、エキス剤より煎じ薬のほうが重症の方にはより効果的だということも同様に経験しています。
漢方の専門家として
私は当時、北里研究所東洋医学総合研究所の所長と北里大学大学院の指導教授の職を兼務していました。所長としての仕事、マネジメントと研究、後継者の育成もしなければなりませんから、大変忙しい日々を送っていました。もちろん診療も行います。1回の診療で初診の方は8人程度、再診の方は20〜30人ぐらいの患者さんを診ます。また、東洋医学総合研究所には漢方のスペシャリストとして19人の医師がいて、各自の西洋医学的な専門をふまえた漢方診療をしてもらっていました。
原稿を書いたり、テレビに出演したりすることもあるので、ありがたいことに北には北海道から南は沖縄まで全国に患者さんがいらっしゃいます。大変申し訳ないのですが、外来の予約が3か月先まで埋まることもまれではありませんでした。せっかく遠くからいらっしゃってくださって、そのままお帰しするわけにもいかないので、何とか予定外の枠で診ようと何時間も待ってもらうこともありました。苦言を呈される患者さんもいて、至極恐縮してしまいます。
前述したように、診察しているなかで、年に何人かは劇的な変化を見せる患者さんがいます。西洋医学(現代医学)の病院に通ったが良くならず、私のもとを訪れて早いときは一服とか一週間、通常は何か月かの診療で、私さえ驚くような改善を見せることがあるのです。
そんな例を経験するたびに、「この日本の伝統文化と深くかかわる漢方という大切な医術を継承・発展させていかなければならない」と強く思うと同時に、漢方の素晴らしさをもっともっと多くの人々に知ってもらいたいと思うのです。
漢方の魅力
私が漢方と出合ったのは大学時代でした。その後、1982年に北里研究所の東洋医学総合研究所に入所してすでに24年も経ちますが、その間ずっとここで漢方と向き合ってきました。
漢方の治療が魅力的だったのは、「個別治療」「オーダーメイド医療」と言われるように、患者さん個人はみな違うため、それぞれの反応を見ながら、個別の治療をしていくという点でした。今でこそ西洋医学の現場でもそうした治療を行おうとする傾向になってきましたが、漢方は元来そうした考え方でやってきた歴史がありますので、当時も当然、個人個人の症状や体質に合わせた治療が行われていました。同じ病気の人でも画一的に処方を出すことは決してありませんでした。その点が私にはとても興味深く思えたのです。
北里研究所に入ってからは、西洋医学の現場も継続しなければならないということで、隣接する北里研究所病院で内科の病棟医をしながら、東洋医学総合研究所では漢方の勉強を行うという二足の草鞋で研鑽を積みました。
当初は内科で救急の患者を西洋医学で診ることもありました。次第に漢方のほうの比重が高くなっていき、現在は漢方の専門医ですが、決して漢方しかやらない医者ではなく、10年以上は西洋医学と漢方医学を並行して勉強してきました。そうした経験は非常に生かされたと思っています。なぜなら、西洋医学にも良いところがたくさんあるからです。
漢方の診察では、患者さんの生の声で発せられる事柄を大切にし、症状が体全体のなかでどういうかかわりを持っているかを、伝統的な病態認識のなかから判断していきます。人間の体には自分で自分の体を治そうとする力(自然治癒力)が備わっており、それをうまく引き出す手助けをするのが漢方なのです。
人間の体は生きているかぎり全体として情報を交換しあいながら、なんとか体を改善しようとする機能を本来備えていますから、漢方ではそれを助けるような処方を行います。これが漢方の本質です。このことは西洋医学とも矛盾しないと考えたのです。
西洋医学は悪いところをピンポイントで排除していくという、機械で言えば部品交換のようなやり方ですが、悪いところを取るのも一つの方法だし、取ったあと全身状態を改善するために漢方を使うこともまた有効だと考えたのです。
今まで解明できなかった症状が、MRIやCTといった最新機器が活用されることで解明されることも多いのです。これは非常に素晴らしいことです。ですから、西洋医学と漢方の両方を学ぶことで、私のなかでは矛盾なくうまくバランスが取れたのではないかと思うのです。
西洋医学と漢方医学は決して相容れないものではなく、「お互いに補完し合う関係である」ということが私のなかでは整理されています。
一人の医師が患者さんの個別の状態を診つつ、最も良い治療の選択肢が取れることがベストです。
たとえば、どうしても血圧を下げなければならないときは西洋薬の降圧剤を使うこともできるでしょうし、朝や緊張したときだけ血圧が高いという場合は自律神経系の問題が考えられるので、まず漢方薬で血圧がコントロールできるか試みます。患者さんにとって治療の選択肢は多いほうが良いし、そのことを医師は説明する義務があります。ですから私は漢方オンリーというわけではなく、むしろ積極的に「胃カメラをのんでみては?」とか、「MRIを撮ってみては?」と提案しています。漢方の診察では、のちに詳述する四診(望診、聞診、問診、切診)を主に診察しますが、甲状腺肥大のチェックなど西洋医学的な診察も同時に行っています。
また、漢方は口から摂取することがほとんどですから、それができなくなると漢方の範疇では対応できなくなってきます。そういうときは点滴をしたり、注射をするという西洋医学的処置が必要になってくるわけです。
逆に不定愁訴と呼ばれる症状に対しては、西洋医学では「気のせいです」と言われて帰されてしまう症状でも、漢方ではきちんとつらい症状に耳を傾けて対処することができます。
もともと基本にある科学的・分析的思考(西洋医学)と自然哲学的・総合的な思考(東洋医学)は相反するところがあるのですが、それは治療する側がもっと互いにコミュニケーションをとるべきことです。患者さん中心に、個別の最良の医療を東西両面から一緒に診れば良いのです。漢方でも西洋医学でも病気や症状が良くなればいいわけです。どちらも一長一短があり、万能ではありません。だからこれまで西洋医学でいろいろやってみたけれど、症状があまり改善しなかったという人には、ぜひ漢方をおすすめしたいと考えています。