リウマチ治療の目標はライフイベントを諦めないこと
画期的な薬の登場によって寛解も視野に入れた治療が行えるようになったのは、患者にとっても医者にとってもとてもうれしいことです。効果の高い薬も多数出てきて、それをどう使っていくかの選択肢が増えました。日本リウマチ学会のリウマチ治療ガイドラインの冒頭でも次のように書かれています。
(略)リウマチに対する新しい治療薬が開発され、医療を取り巻く環境も大きく変化してきたことから、診療ガイドラインの改訂が必要であると考えられました。(略)本診療ガイドラインは、日本における関節リウマチの診療レベルを標準化し、関節リウマチ患者さんが適切な治療を受け、病気の活動性をコントロールすることにより、長期的な生活の質を最大限まで改善し、様々なライフイベントに対応したきめ細やかな支援を可能にすることを目的として作成されました。
(日本リウマチ学会ガイドライン)
炎症や痛みを取って関節・骨破壊を抑制するという治療は前提として、患者の人生まで考えた細やかな支援をすることを共通の目標とすると、ここではっきり述べているのです。「ライフイベントに対応した」という文言は、「リウマチによってライフイベントを諦めてはいけない」というメッセージそのものです。
私はリウマチ治療に関わり始め、新薬の登場もまだ途上だったときからリウマチと患者の人生は切っても切れないものと確信していました。3分診療の大学病院では患者の背景まで丁寧に聞き取って治療していくことは難しいものでした。
患者の希望をきちんと聞き取って叶えていくことこそがリウマチ治療と考え、開業を決意したのです。そしてクリニックの治療方針の第一に「リウマチ専門医の治療の目標と患者の治療の希望を一致させる」を掲げ、治療にあたっています。ここまで積み重ねてきたことは間違いなかったと、ガイドラインの前文を見た時に実感したのです。
新しい時代のリウマチ治療において多くの選択肢が登場したため、患者も自身に合った治療法を決定するために自分の希望を伝えなければなりません。
「こんな治療がありますが、どうしますか?」「先生にお任せします」というやりとりから脱して、患者の側からも希望を出してもらい、治療を一緒に進めていきたいと考えているからです。試験を受けるわけではないので、すべてのリウマチ治療を覚える必要はまったくありません。治療を選択するときに自分の考えを出せるように、現在行われている治療の全体像を知っておいてもらいたいのです。
リウマチ治療はチーム医療
患者と医師が話し合って、人生を左右するかもしれない治療法を決めていくというのは、患者にも医師にも責任が大きくのしかかります。
リウマチ治療が複雑になったということは、それだけ医療スタッフ全員が患者と一体となって治療に向き合わなければいけない時代になったということです。
チーム医療にはいくつかの考え方があります。まずはマルチ型です。
これは医師を中心としたチームです。医師と患者が連携を取るほか、医師と看護師、医師と理学療法士、医師と薬剤師、医師と栄養士などと、患者と話して決めたことを医師がスタッフに伝えるやり方です。これが一般的なチーム医療で、今まで受診したことのある病院やクリニックを思い出してみれば、なるほどそうだったなと思い当たるはずです。
もう一つがインター型です。
患者を中心にし、関わるすべての医療者が患者ともお互いの医療者とも連携し合っています。この方法では、患者が希望や心配事などを医療者の誰かに伝えることで、それを医療情報としてスタッフ全員が共有しています。リウマチ治療が患者の生活背景を勘案したものでなければならない以上、かなりプライベートな内容にまで踏み込むことがあります。それはすべてプライバシーを守ったうえで医療情報として扱われるので安心です。
リウマチ治療においてチーム医療を行うなら、このインター型を選択し、徹底していくことがなにより大切であると考えます。私のクリニックでもインター型チームの考え方を取り入れています。リウマチ専門医をはじめ漢方専門医、リウマチケア看護師、リウマチ登録理学療法士、リウマチソノグラファー、薬剤師、放射線技師、臨床検査技師、医療事務、患者を送迎するバスの運転手に至るまで、患者一人ひとりの情報を共有しワンチームで診療に当たります。
治療目標を決めていくための手段がSDM
治療方針や治療薬の選択を患者と医師が相談して決めていくというのは、そう簡単なことではありません。ましてや、こうした話し合いが必要になるのは、現在の治療の効果が見られず、次はどの治療薬を選択するかという重い話になる場面に多いです。それをサポートしていくしくみとして「SDM=Shared Decision Making」という考え方がリウマチ医療のなかでは急速に広がっています。
SDMは協働意思決定と訳します。読んで字のごとく、患者と医療者が共同で意思決定をしていくという意味です。簡単に訳すと図表27のようになります。
近年、インフォームドコンセント(IC:Informed Consent)の医療ではどんなに説明を尽くして患者に納得してもらったとしても、この表でいうと治療方針と治療方法を医師から患者へ説明する通常診療になります。それだけでは患者が自分の希望を伝えて医療者と相談し合うことはできません。ですから、SDMというしくみを使って、それをスムーズに行えるようにします。SDMを使うとこれまで経験していた診療が表の右側のように変化していきます。
SDMのS、シェアするのは治療にあたっての目標、情報、そして責任です。そこに医療者はこれまでの行ってきた医療の経験とエビデンス(科学的な根拠)を提示し、患者のほうは自分の希望や価値観を提示します。それらを合わせて話し合いを進めることで、解決策をつくり上げていきましょう。何も意識せずに、さあ話し合いましょうと言っても、それはなかなか難しいことですが、患者も医療者もこのしくみを心がけておくことで、意思のすり合わせがしやすくなります。
図表28の中にある「責任」とは、選んだのは自分の責任、その結果も自分の責任という意味ではありません。治療を受けるのは自分自身である、治療は自分事であるということを強く意識しておく責任のことです。
例えば生物学的製剤の場合、点滴を担当する看護師が注射する以外に自分で注射することもあります。糖尿病などでインスリンを自己注射していますが、それと同じです。採血と同じ注射針ではなく、自己注射しやすいように設計されたものを使うのですが、それでも最初は自分で注射なんてと嫌がる人もいます。
その場合、施設によっては注射のために毎週のように通院してもらうところもありますが、私のクリニックではできるだけ自己注射ができるように働きかけています。自分で注射を行うことで医療者任せの治療が自分事になるからです。自分ではどうしても……という人には、家族に協力を求めることもあります。
実際に夫がどうしても自己注射を拒否していたため、妻に注射を打ってもらおうと打ち方など学んでもらったこともありました。そうしているうちに、妻にしてもらうくらいなら自分で打つという気持ちになって、今では治療についても積極的に自分の考えを話してくれるようになりました。自分のリウマチ治療は自分が主治医です。治療を自分自身のものと考えられるようになれば、そうだ、自分はこんなことをしたいのだった、もっとこんなふうにできるといいなどと夢や希望を抱けるようになってくるのです。
SDMを治療に取り入れるためのステップ
さらにSDMには9段階のステップがあります。
ステップ1 意思決定の必要を認識する
ステップ2 意思決定の過程において、医療者と患者が対等なパートナーと認識する
ステップ3 可能なすべての選択を同等のものとして述べる
ステップ4 選択肢のメリット、デメリットの情報を交換する
ステップ5 医療者が患者の理解と期待を吟味する
ステップ6 社会での役割・家庭での役割を踏まえた意向・希望を提示する
ステップ7 選択肢と合意に向けて話し合う
ステップ8 意思決定を共有する
ステップ9 共有した意思決定の結論を評価する時期を相談する
このうちステップ3と5は医療者からの働きかけ、ステップ6が患者からの働きかけです。意思決定をしていくためには、いきなり結論を求めてもそれは無理というものです。こうした段階を踏んでこそ、意思決定をしていくことができるのです。今、この文章だけを読んでいてもなかなか内容が頭に入ってこないと思います。実際に治療の選択をしていく話し合いの前にもう一度目を通してみると、そのときの状況に照らし合わせて考えることができ、自分の意見をどう伝えたらよいかが分かります。
参考として、SDMが機能した会話例を3つ挙げます。
リウマトレックスを使った例
患者 先生、まだ痛い関節が多くて、最近腫れてきた関節もあります。
医師 今リウマトレックスは4錠ですね。前に一度6錠に増やしたら口内炎が出ましたよね。
患者 あのときは食事ができなくなって大変でした。
医師 生物学的製剤やJAK阻害薬などの治療に変更することもできます。ただ、治療費は今より高額になりますが……。
患者 実は今、子どもの教育費でお金がかかっていて、自分の治療のためにお金をかけられないのです。
医師 では、リウマトレックスに抗リウマチ薬を追加する方法もありますよ。今はなにがいちばん大変ですか?
患者 毎朝子どものお弁当をつくるのが大変です。
医師 ケアラムかアザルフィジンなど抗リウマチ薬のお薬を併用することで改善が期待できますが、効果の発現はゆっくりになります。
患者 どのくらいですか?
医師 ケアラムであれば3〜4週間程度で効果が期待できます。
患者 では、まずケアラムを内服してみて、その後に生物学的製剤を考えたいです。
この会話によって患者は希望を伝えることができ、その結果、次に使う薬の選択もできました。両者が言葉をやりとりしたからこその結論です。
生物学的製剤を使った例
患者 先生、まだ痛い関節が多くて、最近腫れてきた関節もあります。
医師 治療の効果が不十分ですね。
患者 最近、ゴルフに行く回数が増えたからかな?
医師 リウマトレックスの増量をしませんか?
患者 以前、リウマトレックスを増やしたときに髪の毛が抜けたから、増やしたくないなあ。
医師 リウマトレックスを増量しないのであれば、効果が出るのに時間がかかりますが、ほかの抗リウマチ薬を使う方法がありますし、即効性を求めるなら生物学的製剤に変更する、またはJAK阻害薬にするという方法もありますよ。ところで帯状疱疹になったことや、がん検診は受けていますか?
患者 帯状疱疹には5年前になりましたし、実はうちはがんの家系なんです。
医師 では、生物学的製剤のほうが安全性が高いので変更してみましょう。
JAK阻害薬を使った例
患者 先生、最近朝のこわばりがあって、痛みや腫れた関節もあります。
医師 治療がいまひとつですね。リウマトレックスはこれ以上増量すると肝機能が悪くなりましたね。
患者 以前リウマトレックスを7Cに増やしたら、口内炎がひどくなりました……口内炎はつらいので嫌です。
医師 効果はゆっくりですが、ほかの抗リウマチ薬を追加する方法もあります。
患者 子どもは手離れできてきたのですが、仕事が大変なのでできるだけ早く痛みを取りたいです。
医師 即効性であれば、注射の生物学的製剤かJAK阻害薬を追加する治療法があります。
患者 自分で注射するのは怖いので、飲み薬がいいです。
医師 即効性のある内服薬であればJAK阻害薬が候補になります。帯状疱疹やがんの既往歴はありませんよね?
患者 家族にがんはいません。ただ、5年前に帯状疱疹にかかったことがあります。
医師 では、JAK阻害薬の中でも帯状疱疹のリスクが少なく、有効性と安全性が高い薬を選びましょう。
これらの例でも、会話のなかから患者が希望を伝え、次の治療薬の選択もできました。
問診票でも希望を伝えられる
会話のなかからはなかなか自分の希望を伝える自信がないという人もいるはずです。そんな場合には、問診票(図表18)を活用する方法があります。リウマチの場合は現在の痛みや体調について自己申告してもらう必要があるので、再診のときも問診票に記入することが多いはずです。そこで現在の体の状態を知るほか、治療の効果、治療費の心配、自分ではどう思っているかなど包み隠さず書くとよいです。
私のクリニックでは記入した問診票を預かったら、いったん看護師が電子カルテに入力しています。それで看護師も問診票に書かれたことを共有し、診察の前に医師も目を通します。それを頭に入れたうえで、診察します。医師がすくいきれなかったものは看護師が注射や点滴をするようなときにサポートしますし、治療費に不安があれば、会計時に担当者が医療補助制度などにつながる情報を詳しく説明することが、インター型のチーム医療です。
私のクリニックの問診票には、それに加えて、楽しみたいことや実現したいことについて記載する項目も設けています。この設問があることで、患者の好きなこと、やりたいこと、ひいては社会的な背景、家族などの背景まで聞き取る助けとなるからです。通院している病院やクリニックの問診票にそのような項目がなければ、欄外に書いてみるとよいと思います。私のクリニックでは現在、問診票の項目になっているようなことを日々入力でき、医療者にも伝えられるアプリを開発しています。こうしたこともSDMに直結した方法です。
新しい薬を使い始める前のチェック
薬にはリウマトレックスなどの抗リウマチ薬、生物学的製剤、JAK阻害薬があり、段階を踏んで患者に応じて使っていきます。新しい薬を検討するときには主治医ももちろん詳しく説明しますが、私のクリニックでは万が一でもよく分からないまま使い始めることのないように、新しい薬を始める前にはチェックシートを用いて、使用にあたっての注意点や患者の不安、希望などをきちんと共有できているかどうかを確認しています。
施設によっては医療者だけが見て確認をするところもありますし、患者と医療者が一緒にチェックしていくこともあります。いずれにしても、こうした確認なしに次の治療選択に進むことはないので、これを参考に選択決定までに確認すべきポイントを見ておくと安心です。
薬の選択にあたっては副作用の出方を丁寧に見ながら、いかに適切な量を使っていくかがカギです。私のクリニックでは1カ月に3000人ほどのリウマチ患者を治療していますが、治療によって重篤な副作用が出現することはまれです。これは、患者のステロイドの内服量が極めて少ないことが要因であると考えています。
医療費の実際と支援体制
リウマチ治療に画期的な新薬が続々と誕生し、その効果も確認でき、寛解する人もかなり多くなりました。寛解に至れば薬を減量したり、薬をやめたりすることも可能です。発症して早い時期に効果的な薬を使って徹底的に病気の勢いを弱めておくことで、その後にかかる薬の費用が結果的に抑えられることには間違いありません。とはいえ、強力な治療を続けている間の薬代負担になることも事実です。
日本リウマチ友の会による「2020年リウマチ白書」によると、会員1カ月の医療費負担の推移は図表30のようになっています。新薬登場以来、3万円以上の自己負担が増えているのが目立ちます。
新たに発症したときには、それまでなかった出費が継続していくのですから、負担に感じるのも当然です。特に生物学的製剤やJAK阻害薬を取り入れている場合には、医療費は高額になります。治療薬の選択を行うときに、薬の費用の負担について不安があればそれも検討材料になります。恥ずかしいことではないので、正直に医師や看護師など医療チームに伝えるべきです。
リウマチ治療にかかる医療費を支援する制度もあります。公的な健康保険には高額療養費制度といって、1カ月にかかった医療費が自己負担上限額を超えると、その分が払い戻される制度があります。上限額は年齢や所得などによって異なります。リウマチ治療が始まったら、まず自分が加入している健康保険組合、協会けんぽ、共済組合、国民健康保険に問い合わせ、自分がどの分類に入るかを確認する必要があります。
70歳位未満で自己負担が3割の場合、自己負担限度額は図表31のとおりです。
事前に申請して「限度額適用認定証」を取得しておくと、医療機関へ支払うのは限度額までで済みます。また、その医療機関での1カ月の支払いが高額療養費の対象とならない場合でも、ほかの医療機関受診の医療費を合算することもできますし、同じ保険内であれば同じ世帯で複数人の医療費を合算することができます。さらには、直近の12カ月間に3回以上の高額療養費の支給を受けていると、4回目からは上限額が引き下げられる制度があり、リウマチ治療にはこれがとても役立ちます。高額療養費には貸付や減免制度もあります。
このほか、傷病手当金といって健康保険に加入している人が病気やケガなどのために仕事ができなかった場合に支払われるものもあります。リウマチ歴が長い人では、場合によっては身体障害者手帳の交付を受けて得られる支援制度や介護保険制度を使うことも考えられます。病院では医療ソーシャルワーカーが、クリニックでは医療事務担当者に詳しい人がいますから、まずはそこで尋ねてみると意外な制度が使えることもあります。